中小企業でも「ビジョンを持つ組織」と「組織存続だけが目的の組織」では10年後のステージが全く異なる

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ありたい姿=ビジョン
「実は自分自身がどこを目指したいのか、わからなくなってきたのです。家業を引き継ぐ立場として、これがやりたいことだと思い込んでここまできたものですから・・・」
  
以前、何代も続く中小企業を事業承継された経営者の方から、このようなご相談を頂きました。私からは、このような問いかけをさせて頂きました。
「経営者として、また一個人として、ビジョン(ありたい姿)を持たれていますか?」
 

自分の会社は、一体何を実現したい組織なのか?

 衆議院の総選挙が近づいてきました。今回の選挙は、かつて政権政党となった野党第1党が事実上の解体に追い込まれ、一方で2つの新党が誕生しました。テレビを中心にマスコミが連日報道していますが、選挙の度に毎回感じることがあります。
それは「何を実現しようとしている政党なのか?何を実現したい政治家(リーダー)なのか?」が、相変わらずクリアになっていない候補者が、驚くほど多いことです。
 
特に歴史の浅い政党ほど、選挙に当選するための、いわば生き残るための寄り合い所帯と化してしまい、肝心の政策論争など深まるどころか存在もせず、有権者の心を全く掴めないことが選挙の度に指摘されていますが、未だに変わらないのは嘆かわしく思います。
 
 ですが、この「何を実現されようとしているのか?」が明確に伝えられていない点に関しては、会社経営においても同じ問題を抱えているケースが多いのも事実です。
 

本来「企業は事業継続が第一である」には前提がある

 歴史のあるなしに関わらず、「ありたい姿」を持っている経営者なのか、それとも事業継続だけが目的の経営者なのかでは、仮に企業が存続したとしても10年後のステージは全く異なります
 
 こう話すと、よく「会社は事業継続が第一でしょう」とおっしゃる経営者がいます。もちろん、間違ってはいません。お客様の数もまだまだ少なく、社員の数もスキルも限られ、商品サービスも大手に比べれば認知度が低く、資金力は乏しい・・・
 
ないもの尽くしの制約の中、きれいごとだけでは何も解決しない中小企業経営の実態は、私もあらゆる立場で見てきましたので、骨身に沁みて感じています。よって(ベンチャー企業を含む)中小企業の経営者が、今を生き残るために必死で努力されるのは当然の道理です。 
 
その上で私が申し上げているのは、事業継続とは、あくまでその先のビジョン、つまり”ありたい姿”を目指すためのプロセスだということを、企業のリーダーである経営者は、決して見失ってはならないということです。これを経営者がきちんと理解し、「ありたい姿」を描き、持たずして、今の苦しい状況からのステージアップは望めないということです。
 
では、「ありたい姿」があれば、どうなるのでしょうか?私は、自らの経験とクライアント企業の現状を見て、こう実感しています。
  
経営者は「ありたい姿」という社会的に解決すべき課題設定ができているからこそ、創業期からひたすら「あるべき姿」を実現するための問題解決に努力してこれたのです。また、資金繰りに行き詰まった苦しい時でも、会社を倒産させてはならないと、何が何でも銀行を納得させようと死に物狂いで努力できるのです。
 
開発社員は「ありたい姿」に共感し、社長の思い描く商品サービスを生み出したいと思うからこそ、当事者意識を持ち、前例のない商品・サービスの開発に挑めるのです。上手くいかない事が多い中、諦めずに何度も何度も改善に取り組んで問題解決を果たし、その積み重ねによって特長ある商品・サービスを具現化できるのです。
 
営業社員は「ありたい姿」に共感し、世の中に広めたいと思うからこそ当事者意識を持ち、新規のお客様開拓に努力できるのです。実績の乏しい状況を指摘されても必死に熱意を持ってお客様にプレゼンテーションし、共感され、受注することができるのです。
 
こうした正しいプロセスを経ている企業は、社内が何をすべき集団なのかといったビジョンが「クリア」になりますよって、対外的にはブレがない会社だという印象がきちんと伝わります。
 
目指す方向にブレがないため、少しずつ実績を重ねるうちに、それはやがて信用となります。結果、成長するべくして成長し続け、10年後も存在する、まさに未来から選ばれる企業となるわけです。それが「企業は事業継続が第一だ」という言葉の真の意味だと思います。 

ビジョンや理念は何代にもわたって不変であるべきなのか?

ある中小企業の社長にこの話をしたところ、「よくわかります。ただ、うちは何代も続くビジョンがあるから、それを守っていくだけです」とおっしゃいました。果たして、そう決めつけてよいものなのでしょうか?
  
「ビジョンを守り続ける」場合でも、今を生きる経営者(当代の経営者)が、本当に腹落ちしている「ありたい姿」を持ち、社員に伝えられていることが前提であるべきではないでしょうか?
 
冒頭でご紹介した、事業承継された経営者の方と飲みに行った際に、「実は立場上、対外的には腹落ちしているイメージを伝えていますが、私個人の本音を言えば、時代から取り残されていると思っているんです。ですが、そんなこと、経営者として、いや事業承継者として、とても言えない。それが本当に苦しいんです・・・」と、悩みを吐露されました。
 
老舗だから、ひたすら疑いなく、その「のれん」を掲げていればいいというわけではありません。これでは、今の時代を生きる経営者であるご自身は、「ありたい姿」を描いた先代以前の経営者の傀儡に過ぎないからです。
その経営者に、今の時代を生きる社員たちは、果たして共感してくれるでしょうか?苦しい時も一緒について来てくれるでしょうか?
 
よく「ビジョンや理念は不変であるべき」とおっしゃる専門家がいます。座学としては正解なのでしょう。ですが世の中はどんどん変化していきます。「変化に最も適応できたものだけが生き残る」とはチャールズ・ダーウィンの言葉ですが、ビジョンや理念ですらも、今の時代を生きる経営者が必要に応じて進化(もしくはアレンジ)させるべきだと、私は思います。
 

簡単でないからこそ、取り組み続ける過程に意味がある 

当社のクライアントである経営者の方には、ありたい姿の必要性をお気づき頂き、納得の上で着手頂きます。一方で着手早々、「これは想像以上に大変だ。いったい何からどう手をつけて作り上げたらいいのか、わからない」とおっしゃいます。
 
そうです。本物の「ありたい姿」を本気で描こうとすれば、本来、簡単に作れたりするはずがないのです。
今や時価総額何千億円となった大企業においても、そのステージに行き着くまでに数多くの経営者が頭を悩ませながら自らと向き合っているのです。そしてその上で「ありたい姿」をどんどんアップデートし続けて、今があるのです。
 
この過程は、会社にとって非常に重要です。そして、これは間違いなく経営者にしかできない役割です。
こうして何年、何十年と積み重ねてきた結果、「うちの会社はこうあらねばならない」という「ありたい姿」を経営者がしっかり持ち、それが社員にしっかり浸透している会社は、間違いなく強いのです。
 
御社はまず「ありたい姿」を明確に描けていますか?